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東京高等裁判所 昭和42年(う)960号 判決 1968年3月15日

主文

原判決中有罪部分を破棄する。

被告人を懲役一〇月に処する。

訴訟費用中、原審弁護人に支給した分はこれを二分しその一を、当審証人甲野A子、同乙野B子、同丸山もとに支給した分は全部被告人の負担とする。

本件その余の控訴を棄却する。

理由

一、控訴趣意第一の一及び第二の一について。

論旨は、要するに、原判決は、公訴事実第一の丙野C子、同第二の甲野A子については、当時保護観察の期間が経過していて、その対象となつていなかつたものであるから、被告人が保護観察官として同女らを呼び出し、それと面接する法令上の根拠がなく、従つて、右所為は公務員職権濫用罪に当らない旨判示している。しかし、保護観察官が保護観察期間経過後の者を呼び出し、それと面接することは犯罪者予防更生法第一九条第二項に基く職務行為であつて、実務上アフターケアーとして行われているものであるから、原判決は保護観察官の職務権限の範囲について法令の解釈、適用を誤るとともに、事実を誤認し、公務員職権濫用罪の成立を否定したものであつて、右の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れないというのである。

よつて、案ずるに、刑法第一九三条の公務員職権濫用罪は、公務員が法令に定められたその一般的権限に属する職務事項についてこれを不法に行使することによつて成立するのである。しかるに、公訴事実第一の丙野C子、同第二の甲野A子は、公訴事実によつて明らかなとおり、当時保護観察期間が経過していて、その対象となつていなかつたものであり、従つて、保護観察所の保護観察官には、同女らを呼び出し、これと面接する権限はなかつたものである。なるほど、論旨指摘のとおり、保護観察官の職務について、犯罪者予防更生法第一九条第二項は、「保護観察官は、……保護観察、人格考査その他犯罪者の更生保護及び犯罪の予防に関する事務に従事する。」と規定していて、右は一見所論のような解釈もなし得るかのようである。しかし、保護観察官の職務範囲は保護観察所の所掌に属する事務の範囲を出ないものであるところ、同法第一八条は、保護観察所の所掌に属する事務について、保護観察の実施、犯罪予防のための世論の啓発指導、社会環境の改善及び犯罪の予防を目的とする地方住民の活動の助長、その他と規定していて、右によると保護観察所の所掌事務で保護観察官の従事する事務のうち、具体的対象の存する事務は保護観察の実施事務だけであり、しかもその対象及び期間については、同法第三三条が、保護観察は保護観察に付されている者を対象とし、保護観察期間の経過後まで及ばない旨を明示しているのである。してみると、同法第一九条第二項に規定する保護観察官の職務の対象は現に保護観察に付されている者に限られ、保護観察期間経過後の者は含まないと解するのが相当である。それ故、保護観察官には法令上保護観察期間経過後の者を呼び出し、これと面接する権限がなく、本件の場合、被告人が前記丙野及び甲野を呼び出し、それと面接したことは、法令に基く職務行為とはいい難いから、刑法第一九三条の公務員職権濫用罪が成立する余地はない。右と同旨に出た原判決の判断は正当であつて、原判決には所論のような法令の解釈、適用の誤り、事実誤認のかどはない。論旨は理由がない。

二、控訴趣意第一の二について。

論旨は要するに、原判決は、保護観察官が相手方と面接をした機会にわいせつないし強制わいせつの行為をしたとしても、右の行為自体は保護観察官の一般的権限に属する行為とはなし得ないから、刑法第一九三条の公務員職権濫用罪に当らないとして、公訴事実中右の点を無罪とした。しかし、同条は、同法第一九五条の一般規定であり、その立法趣旨に鑑みると、社会通念上職権を濫用しという程度に職務行為と極めて密接な関連性をもつて暴行、陵虐行為がなされた場合、例えば、本件のように公務員が職務を行うに当つてその地位と機会を利用し職務上影響を有する相手方に暴行、陵虐行為をした場合は、公務員職権濫用罪が成立すると解すべきである。それ故、原判決には刑法第一九三条の職権を濫用しについて解釈、適用を誤つた違法があり、右の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れないというのである。

よつて、案ずるに、刑法第一九三条は同法第一九五条と規定の内容形式を異にしていて、右各条は所論のような一般規定、特別規定の関係はなく、第一九三条にいわゆる公務員その職権を濫用しとは、公務員がその一般的権限に属する事項についてこれを不法に行使することをいうものであることは前記一において説明したとおりである。従つて、公務員がたまたま職務行為をした機会になした不法行為は、それが他の犯罪を構成することがあつても、かかる職務以外の行為をしたことはよしんばその行為が所論のように職務行為と密接な関連のもとに行われたからといつて、その行為自体が公務員職権濫用罪を構成するものではない。本件の場合、保護観察官である被告人が相手方と面接などした際これにわいせつないし強制わいせつの行為をしたことは認められるが、右の行為そのものはもとより被告人の職務に属する行為ではないから、相手方と面接などしたことが公務員職権濫用罪に当る場合であると否とに拘らず、わいせつないし強制わいせつの行為をしたこと自体は公務員職権濫用罪に関する限り被告人は無罪である。それ故、原判決には所論のような法令の解釈、適用の誤りはない。論旨は理由がない。

三、控訴趣意第二の二及び三について。

論旨は、要するに、原判決は、被告人が公訴事実第三の乙野B子、同第四の丁野D子と面接などしたのは、性的欲望の満足を図る目的であつたと断定する資料がないから、公務員職権濫用罪に当らない旨判示し、なお、公訴事実第一、同第二の場合については特に触れていないが右と同様の認定をしたものと解される。しかし、被告人が相手方と面接し、わいせつ行為をした際の状況、殊に、相手方に対し質問等をしないでいきなりわいせつ行為に出ていること、被告人は本件起訴事実以外にもわいせつ行為をしていることを総合すると、本件は被告人の性格異状の発現したものであつて、すべて性的欲望の満足を図る目的、少くともその意図で職務に仮託して呼び出し、面接などをしたもので、相手方には本来それに応ずる義務はないのであるから、本件は正に職権を濫用し、義務なきことを行わせた場合に当り、公務員職権濫用罪を構成する。原判決は証拠の取捨選択を誤り事実を誤認し、ひいては刑法第一九三条の解釈、適用を誤つたものであり、右の誤りは判決に影響をを及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れないというのである。

よつて、記録を調査し案ずるに、公訴事実第一、同第二の場合、被告人がわいせつ行為をする目的で相手方を呼び出し、面接したものであるとしても、右の呼出し、面接は職務行為に当らず、従つて、それが刑法第一九三条の公務員職権濫用罪を構成しないことは前記一において説明したとおりである。しかし、公訴事実第三の乙野B子、同第四の丁野D子はいずれも当時保護観察の対象であつたものであつて、被告人に同女をを呼び出し、これと面接する一般的権限があつたものであるから、右両名の場合について検討すると、被告人が同女らと面接などしたのは、所論のように同女らに対しわいせつ行為をすることを目的とし、ないしこれを意図してなしたものと窺われる節がないこともない。しかし、<証拠>を仔細に検討して、右の面接等の事情、強制わいせつ行為した際の状況を見ると、公訴事実第三の一の場合は、虞犯で少年院に収容されたのち仮退院して保護観察に付された乙野B子は、遵守事項を守らなかつたため長野少年鑑別所に収容されたが、釈放されることとなり、長野保護観察所としては同女を引き取つて長野県婦人相談所付設のときわぎ寮に収容することとなつたので、被告人は少年鑑別所から同女を引き取り、事情聴取のため一旦保護観察所に連行し、面接室においてかなりの時間事情を聴取し、指示も与えたのちにわいせつ行為をしたものであり、公訴事実第三の二の場合は、当時乙野は担当保護観察官の世話で公衆浴場大峯温泉の女中として働らいていたのであるが、被告人は問題の日の前日、右浴場の女主人から乙野が会いたいといつている旨電話連絡を受け、その際乙野は仕事に落付きがなくて困る旨の苦情をもいわれたので、その翌日右浴場に乙野を訪ねて行き、同女の居室で少し話をしたのち、強制わいせつ行為をしたものであり、公訴事実第四の一の場合は、虞犯、窃盗で保護観察に付された丁野D子は、家出したことで母に連れられて保護観察所に出頭し、前記ときわぎ寮に収容されていたが、被告人は同女を散歩に誘い出し、同女の将来のことについて少し話をした程度で、強制わいせつ行為をしたものであり、公訴事実第四の二の場合は、丁野が再び家出したことで母に連れられて保護観察所に出頭したので、被告人は面接室でこれと面接したうえ、母を帰し、丁野を前記ときわぎ寮に収容するため居残らせたのち、強制わいせつ行為をしたものであることが認められる。してみると、右公訴事実第四の一の場合はいささか明確を欠くが、その余の場合相手方と面接し、或いは相手方を居残らせたことについては正当な理由がなかつた訳ではなく、また、強制わいせつの行為も所論のように必要な質問等をしないでいきなりなされた訳でもないのであり、公訴事実第一、同第二の場合も右と殆んど同様であつたものである。なお、被告人は、乙野とは本件の二度にわたる犯行の中間において二回ぐらい面接し、その際軽くくちずけをしているが、丁野については本件の前に二回ぐらい面接し、その際は何らわいせつの行為をしておらず、その他本件の四人の外にも一、二の者に対しわいせつ行為をした場合があるが、被告人の接触した相手方は多数に上るものと推認されるから、被告人が常にわいせつ行為をしていたものとも解されない。そして、被告人は捜査官に対し本件はその場で助平根性を起してものである旨供述し、原審公判において、第一回公判の冒頭においては公訴事実は間違いない旨陳述したが、第二回公判においては捜査官に対する供述調書のとおりである旨前の陳述をひるがえし、被告人作成の上申書も右の趣旨と異るものではなく、なお、当審公判において、本件は相手方に親近感を抱かせるため意識してしたものである旨、指導の方法について極めて異常な考えを述べているが、右は弁解と誇張に過ぎるものであつて必ずしも被告人の真意を披瀝したものとも解されない。以上の諸点を併せ考えると、被告人が捜査官に対し供述したとおり、わいせつ行為をする意思はたまたまその場において生じたものであつて、予めその目的ないし意図があつたものではないと解せられる余地があるのであり、従つて、所論のように被告人が性欲の満足を足る目的ないし意図で相手方と面接などしたというにはその証明が十分でなく、これを断定するに足りない。若しそれ本件の場合において公務員職権濫用罪が成立する場合ありとすれば、被告人が当初よりわいせつないし強制わいせつの目的をもつて相手方を呼出し、面接した場合であるが、この場合といえども、右呼出し、面接した行為が同罪に該当し、その機会に行われたわいせつないし強制わいせつの行為まで公務員職権濫用罪に包含されるものではないこと前記二に説明したとおりであつて、それは別罪を構成するのである。してみると、公訴事実第三、同第四の相手方を連行し、連れ出し、居残らせ、面接した点は公務員職権濫用罪に当らず、これと同旨に出た原判決の判断は相当であつて、所論のような事実誤認、法令の解釈、適用の誤りはない。論旨は理由がない。

<以下略>

(松本勝夫 山岸薫一 石渡吉夫)

控訴趣意

原審検察官の控訴趣意

原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな事実の誤認及び法令の解釈適用の誤りがあるのみならず、その量刑著しく軽きに失し、不当である。

本件公訴事実の要旨は

「被告人は昭和二七年五月一日付で保護観察官に採用され、新潟、甲府各保護観察所等に勤務した後、昭和三七年四月二〇日付で長野保護観察所観察課長となり、犯罪者予防更生法に規定する保護観察、人格考査その他犯罪者の更生保護および犯罪の予防に関する事務を行なう職務に従事していたものであるが、保護観察の対象者である婦女子を呼出し面接する権限があるのを奇貨とし、自己の性的欲望の満足を図るため不当に婦女子を呼出し面接し猥褻行為をすることを企て

第一昭和三九年二月一一日から同年三月一四日まで仮出獄により保護観察の対象になつていた丙野C子(昭和一二年二月三日生)に対し

一 同年一二月二六日頃、長野市旭町所在の長野拘置支所を訪れ、同所内二階調室において、同女と面接中「妊娠しているならオッパイが黒くなつているだろう。見せてみろ」などと言つてやにわに同女の胸元に手をさし入れ

二 昭和四〇年一月九日頃、同所を訪れ、同所内二階調室において、同女と面接中、やにわに同女のズボンのチャックを開き同女の股間に手をさし入れ

三 昭和四一年一月八日頃、同町所在の法務合同庁舎内長野保護観察所宿直室において、同女と面接中、同女を押し倒して接吻し、同女のズボンのチャックを開きズボンを引下げる

などの猥褻行為をなし、もつてそれぞれ職権を濫用し同女をして義務なきことを行わしめ

第二昭和三六年一一月二四日から昭和三九年三月二一日まで窃盗により保護観察の対象になつていた甲野A子(昭和一九年六月四日生)に対し

一 昭和四一年二月二六日頃、同女を前記長野保護観察所に呼出し、同所宿直室において面接中、同女を押し倒して接吻し同女の乳房を弄び、同女のズボンとパンティーを引下げて陰部を見たうえ、指で弄び、さらに自己の陰部を同女に見せて愛撫を要求するなどの猥褻行為をなし、もつて職権を濫用し、同女をして義務をなきことを行わしめ

二 同年九月一〇日頃、同女を前記長野保護観察所に呼出し、同所宿直室において面接中、同女に抱きつき押し倒してその自由を奪つたうえ同女に接吻し、同女の乳房や陰部を指で弄ぶなどし、もつて強制猥褻の行為をなすとともに、職権を濫用し、同女をして義務なきことを行わしめ

第三昭和四一年五月三〇日から仮退院により保護観察の対象になつた乙野B子(昭和二四年一月二七日生)に対し

一 同年九月九日頃、同女を前記長野保護観察所に連行し、同所面接室において面接中、同女に「いうことがきかないと少年院に入れる」と言つて脅迫し、同女を畏怖させたうえ同女に接吻し、さらに「病気があるだろう、見てやる」と言つて同女のパンティーを引き下げ同女の陰部を露出させて覗くなどし

二 同月二四日頃、同女の就職先である長野市箱清水二二三〇番地所在の公衆浴場大峯温泉を訪れ、同所二階の同女の居室において同女と面接中、前記のとおり畏怖している同女を寝かせてその上に乗りかかり同女に接吻し乳房を弄ぶなどし

もってそれぞれ強制猥褻の行為をなすとともに職権を濫用し、同女をして義務なきことを行わしめ

第四昭和四一年四月一一日から窃盗により保護観察の対象になつた丁野D子(昭和二二年二月二六日生)に対し

一 同年九月一一日頃、同女を長野県婦人相談所ときわぎ寮から連れ出し、同市箱清水所在の護国神社付近において同女を押し倒して乗りかかり、自由を奪つて接吻したうえパンティーを引き脱がせ、同女の陰部に指を挿入し

二 同月二六日頃、前記長野保護観察所に同女が母親と共に出頭した際、母親が帰つた後も同女を居残らせ、同所の面接室において、同女を抱きすくめて接吻し、パンティーの中に手をさし入れるなどし、同女が抵抗して床に倒れるや同女に乗りかかつて押えつけ、自由を奪つて同女の乳房を弄んだうえパンティーを引き脱がせ、同女の陰部に自己の陰部を押しつけるなどし

もつてそれぞれ強制猥褻の行為をなすとともに職権を濫用し、同女をして義務なきことを行わしめ

たものである」(第一および第二の一の事実は公務員職権濫用、第二の二、第三、第四の事実は公務員職権濫用、強制猥褻)

と言うにあるところ、原審は、前記第二の二、第三、第四の事実につき強制猥褻の成立を認めて被告人を懲役一年六月(但し三年間執行猶予)に処しながら、爾余の事実につき、被告人の犯行は公務員職権濫用罪にならないものとし、第一及び第二の一の事実につき無罪と判示した。

原判決は、その理由として、第一、第二事実については保護観察期間経過後であるから被告人が被害者らを呼出しあるいは面接することは何ら法令の根拠がない行為であるとし、第三、第四事実については当初より性的欲望の満足を図ることを目的として被害者らを呼出し、連出し、あるいは面接したと判定するに足る資料がないとし、さらに全事実につき、刑法第一九三条は公務員が一般的権限に属する事項につき実質的に違法な措置をとることによつて成立するとの前提のもとに猥褻行為は公務員の一般的権限に属さないから本件は公務員職権濫用罪を構成しないと謂うのである。

しかしながら、原判決の右理由には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認及び法令の解釈、適用の誤りがあり、さらに量刑軽きに失すると思料されるので原判決はとうてい破棄を免れないものと信ずる。

以下にその理由を述べる。

第一原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の解釈、適用の誤りがある。

一保護観察期間経過後であつても保護観察官が保護観察対象者であつた者を呼出しあるいは面接する等の行為は、法令に根拠を有する職務行為である。

原判決は、前掲公訴事実第一及び第二の一の丙野C子及び甲野A子に対する被告人の行為につき、何れも保護観察期間経過後に呼出し或いは面接をしたものであつてこれらの行為は何ら法令の根拠がないとしている。しかし、右原審の見解は、保護観察官の職務につき十分の理解を欠くための極めて皮相の判断であつて、とうてい承服し難いところである。

凡そ保護観察対象者であつた者を保護観察期間経過後呼出し、面接することは、犯罪者の更生保護、再犯の予防を目的として実務上アフタケアーと称し普通に行われているものであつて、すなわち犯罪者予防更生法第一九条第二項に規定する保護観察官の職務のうちの「犯罪者の更生保護及び犯罪の予防に関する事務」の遂行にほかならず確固とした法令の根拠を有する職務行為である。

公訴事実第一の一、二の丙野C子に対する場合、被告人が未決拘禁中の丙野C子に拘置所調室で面接し得たのは、面接することが職務行為であるからにほかならない。

二 公務員が職務を行うに当り、その地位と機会を利用し、職務上影響力を有する相手方に暴行・陵虐の行為を為したときは、公務員職権濫用罪が成立すると解すべきであり、本件の場合公訴事実の全てにつき同罪の成立を認むべきである。

(一) 原判決は公務員職権濫用罪は、公務員が一般的権限に属する事項につき、実質的に違法な措置をとることによつて成立するというが右は刑法第一九三条を不当に狭く解釈するものであつて、かかる見解を前提とするときは、本件犯行の如く公務員がその職場においてその職務上の対象婦女を辱しめるという悪質極まる行為につき、徒らにこれを放任せざるを得ないと謂う不当な結果を招くものである。

確かに原判決がいうように、刑法第一九三条と第一九五条は規定の形式が異なるが、だからといつてその差異は「行為主体が第一九五条所定の公務員以外の公務員であるときはいかなる場合にも第一九三条が成立しない」と解すべき根拠にはならない。第一九五条は特に人権侵害を惹起し易い立場にある特殊な公務員の暴行・陵虐行為を加重して処罰せんとする特別規定であつて、一般公務員が職務を行うに当り暴行・陵虐行為を為したときは一般規定である第一九三条が成立すると解する余地も十分あるからである。

しかしながら、第一九三条の文理解釈からいつて、一般公務員が職務を行うに当り暴行・陵虐行為を為せばいかなる場合にも直ちに第一九三条が成立すると解することも無理である。従つて、社会通念上、「職権ヲ濫用シ」と謂い得る程度に職務行為と極めて密接な関連性をもつて暴行・陵虐行為が為された場合、たとえば職務の執行に際し、その地位と機会を利用して、職務上影響力を有する相手方に対し暴行・陵虐行為が為された場合は、第一九三条が成立すると解するのが妥当である。

刑法第一九三条の立法趣旨は、公務員の不当な権力行使から国民を保護するとともに公務員の廉潔性を確保せんとすることであるから、その立法趣旨からいつても右のように解するのが相当である。さもなければ、本件犯行の如く、保護観察官が保護観察対象者と職務上面接中、劣情を生じ、陰部検査と称して対象者の意思に反し陰部を露出させるが如き行為に出ても暴行脅迫によらなければ、いかなる犯罪をも構成しないという不当な結論に関することは前記のとおりであり、その不当なることは論を待たないところであろう。

本件犯行は後記第二の項に掲記した丙野C子、甲野A子、乙野B子、丁野D子等各被害者の検察官に対する供述調書記載のとおり、公訴事実の全てにつき、被告人が保護観察官の職務を行うに当り、その機会を利用して、職務上当然影響力を有する保護観察対象者および対象者であつた者に対し暴行・陵虐の行為をなしたものであるから、その行為は刑法第一九三条に該当し、公務員職権濫用罪を構成すると解するのが相当である。

なお本件の場合「義務ナキ事ヲ行ハシメ」に該当するのは被害者らをして猥褻行為を受忍せしめたことであり就中、公訴事実第二の一、第三の一の場合は、右のほか、陰部を露出せしめているのであつて、すなわち、「義務ナキ事ヲ行ハシメ」た場合に該当するものと思料する。

因みに、ドイツ刑法がその第三四〇条第一項において「官吏であつて、その職務の執行中又はその職務の執行の機会に、故意に傷害罪を犯し、又は他人に傷害罪を犯させた者は三ケ月を下らない軽懲役をもつて罰する」と規定していることは、我が刑法第一九三条の解釈適用上、十分に参考とされて然るべきものと思料する。

以上の事由により、原判決は保護観察官の職務行為の本質に対する理解を欠き、本来その職務行為に属する行為を以て職務権限に属しないものとしたのみでなく、刑法第一九三条の「職権ヲ濫用シ」の解釈適用に当り不当に狭く解釈し、本件の如く職務権限と密接な関連のある行為につきその適用をしなかつたもので、原判決が本件につき公務員職権濫用罪の成立を否定したことは、右法令の解釈・適用を誤つた結果であること明らかである。

第二原判決には事実の誤認があり、右誤認がひいては法令の適用の誤りを招来したもので判決に影響を及ぼすこと明らかである。

一公訴事実の全てにつき被告人は私的な立場ではなく、保護観察官の職務行為として被害者らを呼出し、連出し、居残らせ、あるいは面接したと認むべきである。

原判決は公訴事実第一および第二の二についてのみこの点にふれ、公訴事実記載のような事実のあつたことを認めたうえ、単に何ら法令の根拠がない行為であるとするが、これは法令の解釈適用の誤りであるとともに事実を誤認したものである。

公訴事実第一および第二の場合、被告人に被害者らを呼出し面接等する抽象的な権限があることは、さきに本趣意書第一の一に記載したが、具体的にも私的行為ではなく、社会通念上保護観察官の職務行為としてなされたものと認むべきであり、且つ、それは公訴事実第一および第二にとどまらず、公訴事実の全てにつき同様に認むべきこと次のとおりである。

すなわち本件各被害者及び被告人の各供述調書の記載を綜合すると、公訴事実第一の一、二の場合は未決拘禁中の丙野D子に保護観察官として拘置所調室で面接し、同第一の三の場合は保護観察の対象者であつた丙野C子が今後の身の振り方を相談しに来た際保護観察所宿直室内で面接し、同第二の場合は、正式な呼出状は用いてないにしても「話がある」との郵便物を出して、保護観察の対象者であつた甲野A子を呼出し、保護観察所宿直室で面接し、同第三の一の場合は、現に保護観察の対象者である乙野B子が鑑別所から釈放された直後、保護観察所に連行して同所面接室で面接し、同第四の一の場合は、現に保護観察の対象者である丁野D子を「調べたい事がある」と称して連出し、同第四の二の場合は、母親と共に保護観察所に出頭した丁野を「まだ話がある」と称して居残らせたことが明らかであつて、いずれも私的行為とは認められず、社会通念上保護観察官の職務行為として呼出し、面接等を行つたものと認むべきである。

二公訴事実の全てにつき、被告人は性的欲望の満足を図る目的で、あるいは少くともその意図をもつて保護観察官の職務に仮託し被害者らを呼出し、連出し、居残らせ、あるいは面接したと認むべきである。

原判決は被告人が公訴事実の全てにつき起訴状記載のような猥褻行為を行つたことを認定したうえ、公訴事実第三および第四についてのみ、被害者らを呼出し、連出し、あるいは面接する等の行為自体が専ら被告人の性的欲望の満足を図ることを目的としていたものと断定する資料がないと判示した(公訴事実第一および第二については特にふれていないがこれについても同様の認定をしたものと解される)が右は証拠の取捨選択を誤り被害者各婦女の供述を看過した結果の事実誤認も甚だしいものであつて、とうてい承服することができない。

被告人が被害者らと面接した状況、本件猥行為に出た時の状況、行為の反覆性、被害者の数等を総合すれば、被告人は明らかに性的異常者であつて、当初より性的欲望の満足を図る目的で、あるいは少くともその意図をもつて、被害者らを呼出し面接等したことが明瞭である。

(一) 先ず面接および猥褻行為に出たときの状況であるが被害者らは次のように述べている。

1 公訴事実第一の一につき

「……安部課長が……「お前この前の仮釈のときなぜ観察所へ来ない」ときりだしたのです。そこで私が「私は保護観察の期間がきれて観察所には用がないわけですよ」といつてやつたのです。安部課長はことばをにごして『どうだ島田と別れろ、なにかいうことないか』といつたようにほこさきを変えてきたのです。……このあと私が聞かれるままに現在妊娠していることを話したのです。……最後に『こちらにきてストーブにあたれや』といつて私をそばえよんだのです。……ストーブの方へいくと『妊娠していればオッパイが黒いだろう、どれみせろ』と言つて安部課長は……急に私の……セーターの内側に手を入れて乳をもんだのです」(丙野C子の警察員調書)。

「安部課長は『なぜ観察所へ来なかつたのだ』と切り出したので私が『出頭したし、もう期間が切れているじやないですか』と言い返すとなにか言葉をにごしておりやがて『島田と別れろ』とか『なにかやつてもらいたい事はないか』などと言い出しました。こんな事から私は課長が保護観察にかこつけて私に会いに来たと思いました……。……課長のそれ迄の態度から、私を好きになつて会いに来たのではないかと感じてはいました」(丙野C子の検察官調書)

2 公訴事実第一の二につき

「すると島田と別れろ子供はおろした方がいいという前の時と同じような話のきり出しでした。最後に刑務所へいつたら俺の知つている人に紹介状を書いてこの人に面会にいつてもらうからたのしみにしろな……といいだしたのです。……このあと課長は『俺Cちやんには鼻の下長くしているんだよ』とか『刑務所へいつたらすきな男の写真を持つていつてセンズリかけよ』といつていやなこといいだしたので警戒していたのです。すると案の定安部課長は私の左横の方にきて左側のズボンのチャックをはずすとすぐに手を私の陰部の処までいれてきたのです。」(丙野C子の警察員調書)

「安部課長は『島田と別れろ、子供はおろした方がいい。男を世話してやる』などといろいろ言つていましたが……更に課長は『俺Cちやんに鼻の下を長くしているだよ』とか『刑務所に好きな男の写真を持つて行つてやりたくなつたらセンズリかけよ』とかくだらない事をいろいろ言いました」(丙野C子の検察官調書)

3 公訴事実第一の三につき

「……相談にのるどころか私に『今夜俺と泊つていけや当直だでな』とまたいやなことを言いだしたのです。……更に『どうしてもCちやんを抱いて寝たい。Cちやんはやれば早く気がいく方かいなあ……』といつてすぐに課長は私の唇にすいついてきたのです」

(丙野C子の警察員調書)

「課長は『下へ行つて話そう』と云つて私を一階の宿直室のような日本間に連れて行きました。……課長は私に相談事を話させず『今夜当直だから泊つて行け』とか『どうしてもCちやんを抱いて寝たい。Cちやんは早く気がいく方かなあ。……』とか変な事ばかり云いました。」(丙野C子の検察官調書)

4 公訴事実第二の一につき

「私はどんな話があるかと思つていたところ最初先生はテレビをつけました。……先生はテレビを見ずに私の方ばつか見ていました。……私はコタツにあたつてテレビを見ていたら先生が私の横にきて『会いたかつた。どうしていた』『Aぼうスキスキ』といつてだきついてきました」(甲野A子の警察員調書)

5 公訴事実第二の二につき

「最後にみんな帰つたころになつてようやくおちついて私のそばに座つて前と同じように私にだきついて……ようやく逃げて立ちあがつたところ今度は……さんぽに行こうと言い私を連れて……城山公園の方に行きそのときも歩きながら私のからだにさわつておりました。そのあと……私をテレビ室に待たせておいたのですが……廊下のところへ連れ出して何言うと思つたら『これから先生と風呂に入ろう』と言つた……」「安部先生がいいのみしてやるかと言つて……大きい二枚の写真を……みせたのです。ちよつとみたら男の人と女の人がまつ裸でいて抱きついているものでした」(甲野A子の警察員調書)

「先生は暫く私と一緒にテレビを見ていましたが、いきなり私に抱きついて来て私をあお向けに押し倒し……」「それから城山に散歩に連れて行かれ又テレビ室に帰つた訳ですが……テレビ室に帰つてから先生は『一緒に風呂に入ろう』と言いました……」「それから五階の安部先生の部屋に行き……ましたがその時先生は私に裸の男女が抱き合つている写真を二枚見せました」(甲野A子の検察官調書)

6 公訴事実第三の一につき

「調べが終つたころはもうそこの部屋の人達は帰つてしまいました。調べ終つてから先生は私に『B子ちよつとここに来てね』と言うので私は……先生のところに行くと急に先生は……私を引きよせて……私にキスしたのです」(乙野B子の警察員調書)

「先生は……私を保護観察所に連れて行きました。時刻は午後四時半か五時頃でした。観察所の面接室で相当長い時間話を聞かせ面接が終つたのは七時か八時頃でした。その頃にはもう観察所の人達は皆帰つてしまつておりました。先生は面接が終つてから『B子ちよつとここに来て』と言うので……先生の所に行くと……」(乙野B子の検察官調書)

7 公訴事実第三の二につき

「安部先生が私のところをたずねて来て大峯おんせんの二階の部屋で補導するということで少し話しをしただけで私にだきついて……」「安部先生がたずねて来て私のところを補導すると言つて……二階の四帖半くらいの部屋に行きました。部屋に座つて先生は『まじめにやつているかB子』と言つて自分からそこにゴロリと横になり『Bちやんもここに来て横になれ』と言うので……先生のそばに行き横になつたところ先生は私にだきついてきました」(乙野B子の警察員調書)

「……安部先生が来て私を二階の小部屋に呼び少し話をしただけで私に嫌らしい事をしました」(乙野B子の検察官調書)

「観察所の安部先生が来ました。仕事のことなど聞いたり補導ということでした。最初玄関の横にある八帖間の帳場で私とBちやんと先生の三人で五分か十分間くらい話してから先生は『ちよつと本人に話したいこともあるから部屋を貸してください』……と言うので私は……と言うと先生はBちやんと二人で二階に行きました」(佐藤与志乃の警察員調書)

8 公訴事実第四の一につき

「……安部先生が寮に来て『調べたい事があるから一緒に来てくれと』言うので先生と一緒に出掛けました。……そこの芝生に座つて先生と話をしていると先生は突然私に抱きついてきました。」「……『調べたい事があるから一緒に来てくれ』という事で連れ出されたのですが『今後はどうする』というような事を少し聞かれただけなので嫌らしい事をするために仕事にかこつけて連れ出したのだと思います」(丁野D子の検察官調書)

9 公訴事実第四の二につき

「……先生がまだ話があると言うので仕方なく残りました。一番窓寄りの面接室で私が窓の外をながめていると先生は私の傍に来ていきなり私の口にキスし……」(丁野D子の検察官調書)

すなわち、本件公訴事実の何れの場合においても、被告人は保護観察官の地位と職権を利用し保護観察の対象である婦女を呼出し或いは連れ出して面接しながら、その本来の職務に属すると認められるところの例えば各婦女の生活状態或いは更生の意欲に関する質問調査などをすることなく、いきなり抱きつき或いは接吻する等の行為に出ているのであつて、原判決が「被告人が同女等を呼出し或いは面接する等の行為自体が検察官主張の如く専ら被告人の性的欲望の満足を図ることを目的としていたものと断定するに足る資料がない」とすることは少くとも前掲各証拠を看過したものか或いは敢えてこれに目をおおうものとなさざるを得ないのである。

(二) 次に、猥褻行為を反覆して行つている状況であるが、起訴事実掲記のほかにも乙野B子、丁野D子に対して猥褻行為を行つていることが認められ、また被害者の合意の有無を問わず被告人が猥褻行為を為した相手方が起訴事実の四名に止まらないことは被告人自らも認めているところである。

(三) 以上を総合すれば本件犯行は断じて偶発的なものでなく、被告人の異常性格の発現にほかならない。換言すれば、本件被害者らを呼出し連出し居残らせて面接したのは、当初より性的欲望の満足を図る目的であつた、あるいは、少くとも、その意図があつた、と認定するよりほかはないのであつて、原判決の認定は、被告人の弁解のみを軽々しく措信し、敢えて重要な証拠を排斥した結果の不当な判断であるといわねばならない。本来、事実の認定は全証拠を客観的に総合判断してすべきものであること論を待たないところであつて、原審はこの点において、証拠の取捨選択を誤つたものであること明らかであると思料する。

三そもそも被告人が被害者らを呼出し、連出し、居残らせ面接したのは、私的行為ではなく、外形上保護観察官の職務行為であること本趣意書第一の一、第二の一に記述したとおりである。従つて、仮に百歩譲り、右前掲第一の二に詳述した「猥褻行為が公務員職権濫用罪を構成する」との立論が理由なしとしても、本件は被告人が猥褻行為をする目的で、ないしは、その意思を有して、職務上の保護対象者である被害者らを呼出し、連出し、居残らせ面接した上の犯行であること前段に詳述したとおりであり、少くとも右の如き目的で職務を利用し婦女を呼出し或いは連出したこと自体公務員職権濫用罪を構成すると解するのが相当である。何故ならかかる場合被害者らには右諸行為に応ずる義務は全くないのに拘らず被告人が職務行為に仮託して面接を求めたためこれに応ぜざるを得なかつたものであつて、正に、公務員がその職務を行うに当りその職権を濫用して義務なきことを行わしめた場合に該当するものと言わねばならない。

右の事由を総合して、原判決は証拠の取捨選択を誤り重大な事実の誤認を来し、右誤認が惹いては刑法第一九三条の解釈適用の誤りを来し、因つて不当な判決をするに至つたものであること明らかであると思料する。<以下略>

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